60歳からの粋な飲み方入門 ~日本酒、ワインからカクテル、ウイスキー、焼酎まで


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第1回 ちょっとした薀蓄がプラスされるだけで酒の味わいは格段に深くなる

シニア世代ともなれば、若い時のように暴飲暴食もへっちゃら、というわけにはまいりません。
満60歳超えした頃から、どんな呑兵衛も全盛期のような酒の飲み方はできなくなるものです。
だからといって、健康のことばかり考えてお酒をやめるわけにもまいりません。
ならば、若い輩とひと味違う「粋な飲み方」で差をつけてやるしかありませんね。

ワインを濃密であでやかな油絵とすれば、日本酒は水墨画の佇まい、ウイスキーは琥珀色に輝く水彩画にたとえることができます。さまざまな種類のお酒を、感性で味わうことができれば、少量の酒でも満足感を与えてくれるものです。

最近では造り手の技術の向上と流通の進化も手伝い、手ごろな価格でビックリするほど質のいい酒を手に入れることが可能になりました。
小難しい話をするつもりはありませんが、シニアならシニア世代なりのお酒を楽しむためのちょっとした薀蓄やマナーを身につけて、粋な飲み方をしようではありませんか。

このコーナーでは毎回、いろいろな酒を取り上げ、お酒をじっくり楽しめるような話題をテーマに語っていこうと思います。

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一杯の酒を好きになるのに長い人生経験はいらない! 文豪が描くたった数行の世界に触れるだけでいい

酒好きな作家が書いた小説やエッセイには、「酒の名場面・名シーン」がしばしば登場します。さすが文章のプロが書くものだけに、その描き方はときには芸術的でさえあります。

「一杯の酒を好きになるのに、長い人生経験はいらない。文豪が描くたった数行の世界に触れるだけで、焼酎しか飲まなかった男が、ギムレットを愛するようになる」――こんな観点から、名シーンを少しばかり紹介しましょう。

レイモンド・チャンドラーの小説を読むと、必ずといっていいほど1日の最後、探偵が酒場を訪ねます。

<夕方、開店したばかりのバーが好きだ。(中略)バーテンダーがその日の最初のカクテルを作り、まっさらなコースターに乗せる。隣に小さく折り畳んだナプキンを添える。その一杯をゆっくり味わうのが好きだ。しんとしたバーで味わう最初の静かなカクテル――何ものにも代えがたい>(ハヤカワ・ミステリ文庫『ロング・グッドバイ』)

この数行でバーが好きになり、一切居酒屋には行かなくなった友人がいます。「ダイキリ」のベースのラムをジンに変えると、スタンダードカクテルの逸品「ギムレット」となりますが、あの「ギムレットには早すぎる」という名セリフも本作から生まれています。

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ダイキリといえば、文豪ヘミングウェイの『海流の中の島々』にも効果的に出てきます。主人公の画家トマス・ハドソンはハバナのバー、フロリディータで「おい、フローズン・ダイキリをもう一杯つくってくれ。もちろん砂糖ぬきでな」とバーテンダーにオーダーします。ダイキリをフローズン・スタイルにすると、砂糖をかなり使わないと甘味は出ません。バーテンダーを気づかって砂糖ぬきにしたのでしょうか。実際の彼はライムの代わりにグレープフルーツを使わせ、ラムをダブルにして「浅い海の酒」と自ら名づけて注文していたそうです。

カクテルを主題にしたショートストーリーなら、オキ・シローをあげない訳にはいきません。まさに3~4行読むだけで読者は魔法にかかります。殺人も私立探偵も登場しませんが、彼の作品世界はチャンドラーに通じる上質なハードボイルドの味わいがあります。

<レモンの霧の中、青くジンの匂う冷たいマティーニをゆっくり持ち上げた。その拍子に淡緑のオリーブが、グラスの中でなまめかしく揺らいだ。>(「艶っぽいマティーニ」大栄出版『ギムレットの海』に収録)

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<シャンパンは女、ビールは男、それがひとつに混ざりあって、とっても甘美なブラック・ベルベット。熱っぽい目で、女が歌うようにそういったのは、いつの夜だったか。>(「別れのブラック・ベルベット」同)
追憶と官能と潔さが一杯のカクテルの中に溶け込んでいるかのようです。まさにもう一杯飲みたくなる珠玉の短編がオキ・シローの持ち味です。

文・酒エッセイスト/赤池広行